雨とかみなり。

さっき観た映画で、気持ちは無頼漢になっていたけど
雨宿りのコーヒーで、すうっと日常に戻っていく。
雨の中を駆け出したほうが、良かったか。

でも、まだ残っている。ほんの少しだけど。

でも、残ったものが種になって、
自分が変わるかどうかはわからない。

「変わるかもしれない」という予感は当たったことがない。
「これで変わるだろう」という確信すら、当たらない。

でも、結果として変わったことはある。
とりあえず、期間限定で 火種は残っている。

映画は「孤狼の血」。
嘘も混ざるさ、そりゃ。

ときほぐす。

スリービルボードっていう映画を観てきました。 

うわあ←感想です。

嫁さんにどんな映画かを説明しようとして
・・・で、まったく話せなくてですね、
その理由を「難しい映画だったからなあ」
なんて言って終わらせたいところでしたが

 ・話す前の整理ができていない 
 ・そもそも考えが薄っぺらい
 ・ぼくの言葉で人が楽しんでもらえる
     とは、なんとなーく思えなくなっている 

こういうことっぽくないか。
相当ダメなんじゃないか、最近のオレ。
だって、ときほぐしてないじゃないか。

〈スリービルボード〉

◾️間が悪い。運が悪い。
 それをきっかけに不幸が増幅していく。

「主人公たち」には
なかなか共感できません。
そうしてしまう動機はわかっても、
そんなことすべきじゃない
ということばっかりするし。

  でも、すべきじゃないと、ぼくは何で思うのか。
  ・常識的な
  ・観念的な
  ・うわべの
  そこいらのへんのことで  表面的に思っている。
  そして、その「思ったこと」を
  現実の世界では口に出したりもする。 

中盤、今のぼくに似た人が登場。

「太っちょの歯医者」

常識的な考えをもとに
主人公をちょっと懲らしめてやろう
なんて思って
そして、
結構痛い目に合う。

ほんの少しだけ登場する 
この「太っちょの歯医者」は哀しい存在でして

主人公に反撃される (想定外)
  ↓ 
痛い目に合う(怒り心頭)
  ↓ 
かばったつもりの人から同情されず
(気にもされず、邪険に扱われる)
  ↓
映画を観ている人たちからは、笑われる対象

  観ている最中は、自分=「太っちょ」だなんて
  思ったわけではないですけど、
  この辺りから気持ちがぞわぞわ。
  ぼくみたいな感覚の人間には、
  そうなるように仕込まれていたってことか。

一方で、普通に弱い存在として
広告社の青年社長がいます。 

巻き込まれて、ひどい目にあって、悔しい想いの中で、
そして弱いままで、結果的に一つの悪循環を断ち切る。

これが、好転していくきっかけ

  映画を観終わって、ありゃ、もう1ヶ月ですが、
  この場面、映画を観ていたときより
  今思い出したときのほうがぐっときます。

  で、この青年社長の気持ちには、成れる。
  でも、彼と同じ行動が取れるか、が問題。

笑われるだけの太っちょの歯医者。
感動を呼ぶ青年社長の「ストロー」。

青年社長は、「怒り」の間は堪えて動かず
そのあとに、こうするという決断をしていた。
  
  「間」と「決断」
   この心構え、準備。
    
主人公たちは、エンディングまで来てもまだまだ危うい。
だけれども、行動は変化しています。

  二人の主人公の行動に対して
  ぼくの観ている時の感情は、

  最初の頃:
  そんなことしないでしょ!おかしい!
  終わりの頃:
  そんなひどいことをされて、
  黙ってられないでしょ!

・・・なんちゅうこっちゃ。

終わりの頃、
それをやっちゃったら断ち切れていなかった。
断ち切ったことで、希望が生まれていました。 

この物語は、共感をさせないことで
「客観的な視点で観ている」という感覚にさせ、
でも実はそれって自分の考えでしかなくて、
その「客観」を揺さぶりにくる映画、でした。

「スリービルボードは、 実際いいアイデアだった。」

もう一人、3人目の主人公が言います。 
自分にとってはロクでもないはずのものに対して。


そろそろ

僕)
ゴールを決めない限り、
すべては中途半端ってことになっちゃうんだなあ。
当たり前だなあ、でも気付いてなかったなあ。

たぬき)
気付いてなかったのかー、残念!

僕)
興味本位で始めてみるのはいいとして、
目移りしまくって、中途半端感が半端ないっていう
今の状況は、なんとかしたいなーと。

たぬき)
中途半端が半端ない?なにそれ?
なんでもかんでも中途半端っていうのは逆にすごいかも。

僕)
いや、まったくすごくない。

たぬき)
わかってるよ。

僕)
なので『ここまではやる』というポイントを決めて、
決めた範囲までを語れるようになれば完結とするというのはどうかと。
それがゴールってことで。

たぬき)
わからなくもないけど、
『ここまで』ってどう決めるの?

僕)
たとえば、教科書的なものを買ったとして、
まずはその1冊とか、1章をやりきるとか。

たぬき)
やりきったかどうかはどうやって判断するの?

僕)
その範囲を自分の言葉で語れるようになっていれば、
それでやりきったと言っていいと思うよ。

たぬき)
それ、けっこうハードル高いけど、大丈夫?
また挫折しそうな気が。

僕)
とはいえ、今までの考え無しよりはいいんじゃないかな。
こうすれば、まずは一旦完結ってスッキリして、
こうなれば、そこが新たなスタートラインとして明確になって
このことで、頭の中も整理されていくんじゃないかと。

たぬき)
まあいいか。やってみなー。
ダメならまた考えを変えればいいし。
ま、考えがないよりはマシだね。

で、今は何が中途半端なんだっけ?

僕)
えっと、中途半端一覧としては、
・ゲーム理論のところで頓挫している経済学
・なかなか実際の場面で使える形になっていないデザイン思考
・統計学ではベイズ統計を齧って、そこからPythonへいくはずのところ
・脚本術では、まずひと通りにつくり方を知りたいなーって触りのところまで
あとは、、

たぬき)
絞りなー。






もやもや

映画を観た。

  仕事を頑張っている人で、
  これを観てぐっと来ない人はいない。

ぐっと来なかった。
同じようなことが言われていた映画があって
それを観てもやっぱりぐっと来なかった。

残念。
仕事を頑張っていないってことになる。

映画は、漫画家と音楽家の話で、
公私混同な働きかただった。

ワークライフバランスじゃなくて
ワークライフミックスというか、、

あ、ワークライフミックスっていう言葉は
すでにあって、ちょっと違う感じのものだった。

じゃ、ワークライフメルティング とか。
・・・英語的にする理由はないけど。

ぐっと来なかった理由はわかっている。
その人たちと それほど共感できなかったから。
同志のように 思えなかったから。

これが不幸なことかどうかはわからないけど
ぐっと来なかった事実には もやもやする。

  仕事を頑張っている人で・・・
  の話さえ聞かなければ、
  いい映画だったなーで終わりだったのに。

このもやもや。
少し持ち続けてみるかな。

にしても、ゆらゆらの次が、もやもやとは。

ゆらゆら

小さなゆらぎ

人は考える前に行動してしまう生き物ですが
その行動に入る際に
ちょっとした無駄な動きが入るそうです。
その価値は 間 を作ること。

メールやらを送信しようとして、
送信ボタンを押したあとの少しの時間、
取り消しができるような、そんなこと。
結構助けられますよね、これ。

全ての行動は、止められる。
ということを意識してからは
感情のまま ついやってしまって
あとで後悔するようなことが
ほんの少しですが、減った気がします。


大きなゆらぎ

日々良くしていく。
そんなやり方が正解だと思っていました。
でも、行き詰まる。

行き詰まったっていうことはここが頂点?
ここがゴール?

なんてはずはなく。

今いる場所で良くできること。
違う場所に動いてから良くできること。

良くなったり、悪くなったりすることで
少しずつ、全体像がみえてくる。

良くしよう、だけでは見えなかったもの。


18年は「ゆらゆら」で。


読んでくれた方、ありがとうございます。
良いお年をお迎え下さい。

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「分からないことばかり」
ということに気づくと
考えなくちゃいけないなー
ってことが増えて
めんどくさいことになりますが
なんか、それは
結構楽しいことのような
気もします。

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